香川県の西の端に三豊市がある。そこの瀬戸内に突き出した岬の小高い丘に「燧(ひうち)」という名前の1部屋だけのゲストハウスがある。当然、1組しか泊まれないのだ。
エアービーアンドビーという民泊のマッチングサイトにも登録されていて、海外からのお客様が多い。2016年の春にオープンして、夏場は満室が続くほど、大盛況となっている。
このエリアは特に観光地があるというわけでもなく、岬の方までわざわざ足を延ばす観光客は少なかった。しかし、この宿に泊まるのが目的で、ピンポイントでやって来るのだ。
近隣にレストランがないため、希望があればフレンチのコックさんによる出張料理も可能だ。
人気の理由は、宿から望める瀬戸内の景観だろう。エアービーアンドビーに掲載されている写真が魅力を伝えていて、おだやかな海と島々が重なり、小舟が行き交う美しい眺めがある。
宿の海側の窓が、全面開口になっていて、大きなガラスが連続している。なんと、カーテンやブラインドが一切ないのだ。(2016年11月にブラインドが設置された)
太陽の直射光がうまい具合に窓を避けている。なおかつ道からは建物が見えないので、プライバシーの心配がいらない。
室内のエアロハウスの木目をいかした空間もクールといって評判が良い。
オーナーのMさんは、この三豊市の生まれで、大学や仕事でいったん離れ、実家のガソリンスタンドを継ぐために戻ってきた。当初は、別宅として、この土地を購入したが、現在のような人気の宿になるとは考えていなかったそうだ。
またMさんは、地元を観光で元気づけようと、「みとよ100年観光会議」という団体を立ち上げ、理事をしている。
三豊市では民泊が盛り上がりつつあり、地域にも民泊を運営する仲間が増えている。エアービーアンドビーの影響が大きいようだ。新聞でも取り上げられた。
このエアロハウスでは、宿泊機能を持たせたいと当初から考えていた。まさか民泊で人気になるとも思ってなかったので、パーティースペース、イベントスペースとすることが主だったようだ。コミュニティースペースとしてのエアロハウスだったのだ。
2014年の春にエアロハウスに問い合わせをしたころから始まる。
同年夏に香川県の土地を訪れた村井氏は、Mさんの明確な目的が固まっていないという印象だったそうだ。たたき台として、9月にはスケッチ案を数点あげた。
そのスケッチを見ながら、方向性が徐々に固まっていったのだ。
翌年の2015年2月にプランが確定した。2階建てのイベント兼簡易宿泊所になった。
間取りは、1階が、テラスと納戸スペースがあり、レンタル自転車が置かれている。もともと自転車を活用した地域活性化を検討していた。オリンピックの自転車選手がリタイアしてこの地域に移住しているなど、今後のポテンシャルがある。
2階へは、外階段をあがり、大きなワンルームだ。オープンキッチン、ダイニング、リビング、ベッドが一続きになっている。だから、イベントスペースとしても兼用できる。
瀬戸内のおだやかな海を眺めるのに、建物のどこからでも楽しめるのも特徴だ。テラス、ソファ、ベッド、キッチン、室内のハンモック、お風呂から。いずれも雰囲気が違って見えるのだ。
さて、竣工したのは、同年末だったが、課題が2つあったと村井氏は振り返る。
1つは、いかに瀬戸内の景色を取り込むか、そして2つ目は地元には施工業者がいないことだ。
1つ目の景観だが、土地は瀬戸内を望む場所にあるが、岬の反対側の景観と比較すると、島の数が少なく、醍醐味にやや欠ける。
そこで、島が多い方角に視線をフォーカスさせることで、迫力が増す、というトリッキーな方法をとった。岬を背にして視線が左に向く工夫が施されている。本当は、建物自体を左に向ければ簡単だが、土地の形状から不可能。建物のアプローチを左に連続させることによって、錯角をもたらす。
1階部分は、テラスがあり、視線が左にいくような設計になっている。立方体のはずのエアロハウスが、不思議と別の形に見えるのだ。またベンチに座ると、建物が額縁のようになっていて、正面の景観がより美しく見える。
2つ目の地元に施工会社がない問題だが、大工さんなら何人もいる。ところが、エアロハウスに初めて関わることになる。そこで難易度が低い設計に変更した。また難しい部分は、東京でパーツを仕上げてから送ることで対応。
シンプルなエアロハウスならセルフビルドで作れるが、この設計は簡単ではなかった。本来なら鉄骨を使いたい部分を木に変更する等、随所に工夫を加えた。
つまりローカルの技術に合わせた設計にアレンジをして、実現に至った。
翌2016年の春に宿として開業した。ハンモックなど、部屋のインテリアにこだわり、非日常の空間となった。
Mさんは、大好きなガーデニングもこっていて、エアロハウスのまわりを整備中だ。新しい花壇を設けたとwebにアップしている。
是非、多くのエアロハウスに興味のある人に泊まってもらいたい。
燧 -Hiuchi-