完成しない家―建築家・村井正が、自ら施主となって問い直したエアロハウス
- Konomatsu
- 20 時間前
- 読了時間: 5分

神奈川県相模原市藤野
山並みに抱かれ、芸術家やクリエイターが集う土地としても知られるこの場所に、ひときわ静かに風景と向き合う一棟のエアロハウスがあります。
施主は、エアロハウスの開発者であり建築家の村井正。
これまで多くの施主の暮らしに寄り添い、土地の個性を読み解きながら住まいをつくってきた村井が、今回は自ら施主となりました。
けれど、この建物は単なる建築家の別邸ではありません。
エアロハウスとは何か。
建築はどこまで自由になれるのか。
そして、家は完成した瞬間に終わるものなのか。
そんな問いを、自分自身に投げかけるための一棟です。
藤野という土地に導かれて
最初のきっかけは、東京の暑さから逃れられる場所を探していたことでした。
軽井沢、八ヶ岳、各地の高原地帯。涼しさを求めてさまざまな土地を巡りましたが、なかなか「ここだ」と思える場所には出会えませんでした。
そんな時、縁あって訪れたのが藤野でした。

村井にとって藤野は、以前から気になる土地でした。芸術家が暮らし、独自の文化が根づき、都市から近い距離にありながら、どこか別の時間が流れている場所。土地そのものに、自由な表現を受け入れる懐の深さがありました。
敷地に立った時、村井が惹かれたのは北側へ開く風景でした。
一般的には敬遠されがちな北傾斜の土地。しかし村井にとって、それは弱点ではありませんでした。
南からの光を受けた山や森を、北側へ向かって眺める。その風景には、南向きの明るさとは違う、静かな奥行きがありました。
土地の欠点とされる条件を、風景の魅力として読み替える。
そこに、エアロハウスらしい出発点がありました。
自分が施主になるということ
建築家が自分のために建てる家は、自由に見えて、実は難しいものです。
通常の住宅では、施主の要望があり、敷地条件があり、予算があり、その中で最適な答えを探していきます。
しかし今回は、施主も設計者も村井自身でした。
だからこそ、問いはより根本的なものになります。
「エアロハウスの極限とは何か」
「風景を享受するための建築に、どれだけの空間が必要なのか」
「建物は、どこまで削ぎ落とせるのか」
設計の過程では、数え切れないほどの案が描かれました。

極端に細長い空間。
小さなユニットが集まる構成。
一階のあり方を根本から問い直す案。
風景だけを受け止めるための、ほとんど廊下のような建築。
その一つひとつは、単なる思いつきではありません。
エアロハウスという建築の可能性を、もう一度最初から検証する作業でした。
そして、この別邸で考えたことの多くは、その後のエアロハウスの設計にもつながっていきました。
つまりこの建物は、個人の別荘であると同時に、エアロハウスの未来を試す場所でもあるのです。
風景を主役にするために

この建物の中心にあるのは、建築そのものではありません。
主役は、窓の向こうに広がる風景です。
森の緑。
山の稜線。
朝と夕方で変わる光。
季節ごとに違う表情を見せる藤野の自然。
村井は、その風景をどう室内に取り込むかではなく、どうすれば人が風景の中に身を置けるかを考えました。
室内を飾り込むのではなく、むしろ建築を静かにする。
素材や色、家具や床の印象も、風景を邪魔しないために選ばれています。
そこには、エアロハウスが大切にしてきた思想があります。
建築を過剰に主張させるのではなく、土地の持つ力を引き出すこと。
構造や形式の新しさだけではなく、その場所でしか生まれない体験をつくること。
この別邸は、村井が長く考えてきたその思想を、自分自身のためにもう一度確かめる建築でもありました。

影響を受けた「育ち続ける建築」
村井がこの建物を語る時、世界の建築家たちの自邸や別邸の話が出てきます。たとえば、長い年月をかけて自らの住まいを改修し続けた建築家たち。
完成後も壁を変え、窓を変え、庭を変えながら、自分の理想に少しずつ近づけていく。図面や写真だけでは伝わらない、そこに身を置いた時に初めて分かる豊かさ。
村井は、そうした建築に強く惹かれてきました。
この藤野の別邸もまた、完成した建物として固定されるものではありません。むしろ、完成した瞬間から次の設計が始まる建築です。
実際に過ごしてみる。
朝の光を見る。
雨の日の森を眺める。
庭に出て、どこが一番心地よいかを探す。

そうした日々の気づきが、次の手入れにつながっていきます。
窓を足すかもしれない。
外構を変えるかもしれない。
庭に新しい居場所をつくるかもしれない。
5年後、10年後には、今とは違う姿になっている可能性があります。しかしそれは、未完成という意味ではありません。時間とともに深まっていく建築なのです。
宿として開くことの意味
この建物は、宿としての活用が2026年夏から開始されました。「フジノテラス」という名前です。それは、建築家の別邸を特別に見せるためではありません。
むしろ、さまざまな人がこの場所で過ごすことで、建築がさらに育っていくためです。
![]() | ![]() |
![]() | ![]() |
泊まる人は、風景の見え方、ベッドの置き方、朝の過ごし方、外でくつろぐ場所など、村井自身とは違う感覚でこの建物を体験します。
その声は、次の改修や工夫のヒントになります。
施主の声を聞きながら建築をつくってきた村井が、今度は宿泊者の声を聞きながら、自分の建築を育てていく。そこに、この建物の面白さがあります。
エアロハウスの思想を映す一棟
この藤野の別邸は、豪華な別荘ではありません。完成された作品として鑑賞されるための建築でもありません。
土地を読み、風景を受け止め、制約を力に変え、時間をかけて手を入れ続ける。その姿は、エアロハウスという建築の本質をよく表しています。
家は、建てた瞬間に終わるものではない。
人が使い、季節が巡り、手を加え、声を聞きながら、少しずつ成熟していく。
藤野の森に建つこの一棟は、エアロハウスがこれからも変化し続ける建築であることを、静かに物語っています。

Fujino Terrace
お部屋のご予約







